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初めてのデリヘル

初めてのデリヘル

岡田 達也は、そわそわしながら何度も時計に目線を移していた。
九時四十三分。それと、三十二秒。
電話をしたのが――おおよそ九時二十分。電話をしてから、すでに、二十分が過ぎている。
嬢は、どこから来るのであろうか。
連絡したばかりの、スマートフォンの画面に視線を滑らせる。
呼び出した女性の名前――智恵理、というらしい。仮名だろうが――と顔写真、それから、店名が書かれている。
店の名前には、“新宿”の名前が躍っていた。ああ、そうか。彼女は新宿から来るのか。
岡田が風俗を利用するのは、これが初めてであった。
職業はしがない探偵、日々の生活をするのもやっとである。
家を持つことなど夢のまた夢。出会いも、あろうはずがない。
日々の暮らしは到底満足のいくものではなく、老朽化したアパートの一室で、何の楽しみもなく無為に日々を過ごしている状況だ。
そんな岡田が風俗を利用しようと思ったのは――単なる思い付きだ。
新宿歌舞伎町の、煌びやかなネオンに触発されたのかもしれない。
或いは、日々目にする風俗のチラシに性欲が限界を迎えたのかもしれない。
具体的な理由は、自分でもわからなかった。
わからなかったが、決心はした。
今、恐らくデリヘル嬢が自分の部屋、この汚い部屋へと向かってきているのであろう。
昨日食べたカップヌードルの容器は投げっぱなしだし、布団も二週間は干していない。
風呂だけは掃除しておいたが、お世辞にも清潔とは言い難い状況だ。
デリヘル嬢はいい思いをしないだろうが、気にしようとも思わなかった。
ただ、下腹部に滾る、熱いものを発散できれば、それでよかったのだ。
と、岡田の耳に鉄階段を昇る音がした。
隣の貧乏学生でも、そのまた隣の口うるさい大家でもない、軽快な、若々しい足音だ。
岡田は、すぐそこに待ち人が来ていることを理解した。

デリヘル嬢の足音

呼び鈴が鳴る。
我が家でその音が鳴るのは、数年以来のことだった。
昔は、一生を共にすると誓った女性が鳴らした呼び鈴である。
奇妙な懐かしさを覚えながら、岡田は傾きかけた木造のドアを開く。
その先には、写真の姿となんら変わりない女性の姿が立っていた。
「あの、岡田さん、ですか」
「ああ、うん、そうだよ。入って」
岡田は少しの間、何を言うべきか逡巡してから、女性を――「智恵理」を招き入れる。
彼女は汚らしい部屋に慣れているのか、眉一つ動かさず、ファーのついたコートを脱ぎ捨てた。
化粧はそれほど濃くなく、瞳は丸い。頭髪の色は茶色で、寒さのためか、頬は桜色に染まっていた。マニキュアやイヤリングといった装飾品もしていない。若くは見えないが、それほど年を取ってもいないようだ。
そうやって人を観察してしまうのは、岡田の職業柄である。
怪訝そうに岡田を見ている智恵理から視線を逸らし、数時間前に清掃した風呂場を指し示した。
「とりあえず、お風呂入ったらどうかな」
「一緒に入りますか?」
「いや、」
首を振り、少し考えてから、岡田は言葉を翻そうと思った。
すでに残り時間の計測が始まっていたのなら、大損ではないか。
だがすでに智恵理は風呂場へ入り、シャワーを浴びてしまっていた。
呼び止めるのも恰好が悪い。岡田は奇妙なプライドを胸に、風呂場のドアの前に座り込んだ。

デリヘル嬢、「智恵理」

「岡田さんは、普段何をされているんですか?」
シャワーの音に混じって、デリヘル嬢の、智恵理の声が聞こえてくる。
透明感のある声だ。今から彼女を抱くのだと思うと、一物が熱くなった。
「探偵だよ。探偵事務所ももってる」
「へえ、すごい。カッコイイですね」
感心したような、そうでいないような声。
彼女の本心はわからないが、岡田は、自分の矮小な自尊心が少しだけ満ちていくのを感じた。
事務所は都市外れの格安ビルだし、恰好がつく職業でもない。ゆえに人に関心を寄せられるのは、久しぶりのことだった。
「ああ、まぁ、ほとんどが浮気調査なんだけどね……」
語尾を小さくして、岡田は呟く。真実を隠したまま胸を張るのは、ばつが悪かったのだ。
「……じゃあ、別れさせ屋みたいなことしてます……?」
思いつめたような声。職業柄、依頼人が抱えている悩みの重さは声のトーンで把握できる。彼女の場合は、随分と重い問題を抱えているようだった。
「別れさせ屋」――聞いたことのない単語だ。あまり、平和な響きではない。
しかし、知らぬ存ぜぬで彼女を撥ね退けてしまうことを、岡田はよしとしなかった。
探偵としての卑小なプライドが、彼女の前では全知を装おうとしていたのだ。
「ああ、もちろん、もちろん。なんでもしてるよ。
人間関係のことならお任せあれ、って感じだよ」
「ほんとう、ですか」
風呂場の扉が、勢いよく開かれる。
裸の智恵理が、岡田の前に現れた。
ふくよかな胸。健康的に肉付いた身体。手入れのされた恥毛――
思わず溜息が漏れる。彼女の身体は、映像で見る裸体よりも美しかった。
「岡田さん、本当ですか」
「え、あ、うん、うん」
「本当に、復縁屋とか、別れさせ屋みたいなこと、してるんですか」
切羽詰まった表情。岡田は彼女の、その表情に見覚えがあった。
ああ、そうだ――浮気調査を依頼しに来る、既婚女性の顔である。
その、張り詰めて、ともすれば破裂しそうな、眉を八の字にし、唇をへの字に曲げた表情を見て、岡田は股間のモノが平静を取り戻していくのを感じていた。

デリヘル問題。性欲か仕事か

「本当に、復縁屋とか、別れさせ屋みたいなこと、してくれるんですか」
「ああ、いや、そうだな、まあ、まぁ」
岡田は首を縦に振りながら内心後悔していた。そんな業務を請け負ったことはない。自分の、陳腐なプライドに拘る性格が憎らしい。
焦る一方で、岡田のある部分は、奇妙なほどに冷静であった。自分が買った風俗嬢――デリヘル嬢というべき――が、ここにいられる残り時間が、新宿へと帰る時間が、刻一刻と迫っていることを計算していた。
「それじゃあ、お願いがあります」
「うん、うん」
「私、お願いしたいことがあるんです。ある人を、取り戻してほしいんです」
「……それは依頼ということかい?」
視線を時計に滑らせる。彼女が部屋に入ってきてからおおよそ11分と24秒が経過している。彼女の時間が岡田の物である時間は、残り何分であろうか。
「そうです。依頼します。お金なら、いくらでも払いますから。
――私の身体なんかでいいなら、今、何してもいいです。
中出しでも、アナルセックスでも……お望みなら、コスプレとかします。
私の出来ることならなんでもしますから……引き受けてくれませんか」
智恵理は、短く息を吐きながら言葉の掃射を唇の隙間から放った。岡田の、それほど聡明ではない脳みそが、その文意を理解するのには一瞬の間を要したが、その必死さは十二分に伝わってくる。日夜浮気調査の依頼人と対面しているが、彼女ほどの熱意を持つ女性は初めてのことだった。
「お願いします」
真摯に頭を下げる智恵理。彼女の真剣な態度に、普段の私立探偵としての岡田が顔を出そうとするが、一方で、裸の女性を前にして、身体の奥から彼女を抱きたいという欲求が湧きあがってくることも事実であった。

デリヘル嬢の依頼よりも性欲を

「勿論、依頼は受けるけど。その前に、君の仕事をしてくれるかい」
智恵理は目を瞬かせてから、自分の立場を思い出したように口元を覆った。それから、ゆっくりと頷くと、あの、妖艶でいて、どこか達観した視線を岡田に送った。胸が高鳴る。まるで、童貞の少年のように。
智恵理の、女の髪の匂い。香水の、甘い香りが鼻腔の奥を撫でる。
硬度を失っていた岡田のペニスは、彼女が“その気”になると、自身の機能を思い出しでもしたかのように、一気に硬度を増した。
「ん……もう、おっきくなってますね……」
智恵理が、股間を静かに刺激する。
何十人という男の相手をしてきたのだろう、羽毛のような、それでいてもどかしくない愛撫は、岡田の性感をより高める。
空いた左手で彼女の尻を揉む。形のよく、柔らかい尻だ。
柔らかい肉の海に五指が沈み込んでいく。撫でてやると、頬を赤らめて、智恵理が肩を震わせた。
少しの間智恵理はそうしていたが、彼女は小さく喘ぎながら、洗ってもいない岡田のペニスを頬張る。
好き物なのか、それとも、はやく依頼の内容を相談したいのか。
それは、彼女の淫蕩した顔からは判断できない。
「きもひいいれすか」
「あ、あぁ、いいよ……すごく」
暖かい舌が、亀頭をねぶる。それからカリ裏、鈴口と、その、蛇のような舌は、次々と責める場所を変えていった。
デリヘルでどれだけ回数をこなしたのだろうか。信じられないほど巧みなフェラだった。
「ちょ、ちょっとまって」
「あっ」
腰を引き、智恵理の口からペニスを引き抜く。吸盤のような水音と共に、唾液が数滴床に垂れ、糸を引いた我慢汁がピンク色の唇と岡田の亀頭を繋いでいた。
「どうしたんですか?」
「……君を、気持ち良くしたくなった」
「ふふ、じゃあ、クンニしてくれますか」
奉仕したくなったというのは嘘だ。もう吐精が近かったということを隠し通したかった、安っぽいプライドと、今イッてしまってはもったいないという打算的な考えが頭の奥を掠めたに過ぎない。
智恵理が屈んで四つん這いになり、後ろを向く。少し黒みを帯びた智恵理の淫裂が、その間で主張を続けるピンク色の突起が、すぐに目の前に現れた。神秘の密林に隠されたそれは、すでに透明な涎を垂らしていて、男を興奮させる、酸味を帯びた匂いを発していた。
ごくりと生唾を飲みこむ。見るのは初めてというわけではないのに、彼女のそれはとびきり淫靡だった。
「どうしたんですか? やっぱり、フェラします? それとも、パイズリでも……?」
「いいや」
黒い森林をかき分け、秘密の小塔を露わにする。息を吸い込むと、濃い女の匂いが鼻腔全体に広がっていった。
ああ、これだ。これを求めてデリヘルを呼んだんだ。
新宿からこの郊外まで、歩いてきたのであろうか。
その間、彼女はこのように、股間を湿らせていたのであろうか。
それとも、もはや反射的に男の臭いで股ぐらを濡らしてしまうのだろうか。
なんにせよ、「智恵理」の性器は、岡田を多いに興奮させた。
いやらしく開閉する、その裂け目に舌を這わせる。
塩気のある粘液が、舌から喉へと滑り落ちた。
「ぁ……っ」
控えめに声をあげる智恵理。肉芽を唇の間に挟み、それを丹念に舐めると、更に大きな喘ぎ声をあげた。
小さいが、確かに硬く、自らを主張し続けるそれを、岡田は赤子のように吸う。
びくん、びくん、と智恵理の身体が跳ねた。
「あっ……イクっ……」
その声を聴き、岡田は口を離す。不満げな、惚けた視線が、智恵理から送られてきた。
「意地悪、ですね」
「まだまだ、これからだよ」
岡田は本来そういう人間ではなかったが、智恵理の言葉に嗜虐心をそそられ、思わず意地悪く微笑んだ。

(2ページ)

・デリヘルプレイ――対価のためのセックス

岡田は座り込み、若い風俗嬢の前に、若いころのように勃起し、張り詰めたそれを差し出す。
言葉なくともその意味を理解したのか、彼女は恋人であるかのように目を潤ませ、蕩けた顔で口を開き、一度にペニスを口に含んだ。
智恵理は、今度はカリ裏を重点的に舐めてくる。槍を磨き上げるかのようなその舌技は、岡田の背中に電流を走らせるのには十分だった。
すぐにでも果てそうだ。暖かい口の中に、全てをぶちまけてしまいたい欲動に駆られる。
しかし、ここでまたも、心の中の卑小なプライドが邪魔をした。
一人で先に果てることをよしと出来なかったのだ。
岡田は、一矢を報いようと、だらしなく広げられた彼女の秘部に手を伸ばし、刺激する。小さく、押し殺すように甘い声をあげる智恵理。
その、小動物のようでいて、しかし存分に“女”を活かす姿。その、矛盾した姿勢。それが、たまらなく愛しくなった。そのデリヘル嬢に、僅かながら恋情が湧いてきたのである。
この幸福な時がすぐに終わらぬよう、しっかりと丹田に力を込めた。粘性の涎を流し続ける裂け目をなぞり、その粘液に塗れた割れ目の中へ、中指を入れる。
まるで、何かを入れられることを期待していたかのように、それはいともたやすく岡田の指を飲みこんだ。
柔らかく、貪欲な媚肉は貪るように中指へと吸い付いてくる。
上下に動かすと、智恵理は背筋を弓なりに曲げ、広げた足をピンと張った。
その様が岡田の眠れる嗜虐心を刺激する。より激しく動かすと、彼女は舌の動きを止め、肩を縮こまらせた。
「休まずにして」
「ぁ……はい……っ」
智恵理が顔を赤らめて、奉仕を再開する。彼女はどこか、被虐欲求があるのだろう。
その、淫靡に腰を振りながらペニスをねぶり続ける彼女の姿は、浅ましい淫欲に染まった雌犬のようだった。
その秘密の場所は、より粘性を帯びた体液を分泌し、そしてその体温は、鉄火のごとく熱い。
二本目の指を入れてやると、彼女は一際鋭い嬌声をあげた。
じゅぼじゅぼという音を立てながら、智恵理はひたすらピストン運動を繰り返す。
彼女のヴァギナは濡れそぼり、その水音は岡田をより一層興奮させた。
欲望に突き動かされて空いた方の手で彼女の頭を掴み、その口の中にペニスを押し入れる。
溶岩のように熱いものが、精巣から昇ってきていた。智恵理の方も限界が近いらしい。
二人の身体が、同時に痙攣する。智恵理の口腔に埋まった鉄の棒は、融けた鉄のように白濁を吐き出した。
智恵理の方は、岡田の責めに白旗をあげたように、木造の床に透明な汁を潮吹きする。
それから、二人は肩を落とし、同時に深い息をした。

・デリヘル嬢から客へ――智恵理の依頼

「それで」
「ああ、依頼の話だったかな」
服を着込み、岡田は敷きっぱなしの布団に腰を下ろす。智恵理は居心地が悪いのか立ったままで、視線をあたりに動かしながら、言葉を返す。
「そうです。依頼をさせてほしいんです」
「……浮気調査?」
「違います。別れさせ屋とか、復縁屋とか。そういうことをしてほしいんです」
「ええと。ちょっとまってくれるかい」
岡田は考えた。このまま、智恵理の依頼を受け入れてもいいものかと。
「別れさせ屋、復縁屋」そういった言葉の響きから、概ね、彼女の言葉の意味はわかる。
大方、浮気をした彼氏を引き戻して欲しいという所だろう。
勿論、それは私立探偵である岡田からすれば専門外だ。
しかし――普段行っている浮気調査も、本来の探偵仕事からすれば専門外である。
浮気調査のようなものは、大体のところ、興信所のような場所の仕事だ。
探偵である自分の仕事ではない。
ならば、今更仕事から外れたことをしてもいいのではないか、と岡田は思った。
一度身体を重ねたことで、このデリヘル嬢に同情心が湧いてしまったのかもしれない。
勿論、自分の物にしたいという気持ちがないわけではなかった。
しかし、岡田はどちらかといえば純粋で、毒のない人間だ。
彼にとっては、少なくとも恋というのは献身と言い換えられるものであった。
岡田は決心をして、頷く。彼女の力になりたいと思った。
「じゃあ、話してもらおうか。こんなところで悪いけれど……」
「待ってください。そろそろ、時間です。後日、事務所でということでいいですか?」
「ああ……」
岡田はそこで時間を思い出した。十時四十七分。デリヘルのサービスとして彼女を買うことが出来るのは、残り二分である。十時四十九分には、彼女は新宿へと帰り、岡田の金を店と分け合うのだろう。
「事務所の場所はわかる?」
「新宿のどこか?」
「いや、渋谷の外れさ。どうしてそう思ったんだい?」
「……なんとなくです」
「具体的な住所は……ええと、ここに名刺が……」
布団の脇に転がってある二つ折りの財布を開き、中から名刺を取り出す。
ほとんど渡すことのない名刺が、札入れに折り重なって入っていた。
「これだよ」
「わかりました。それでは……後日」
智恵理はたどたどしく頭を下げると、足早に扉を開け、コートを羽織って外へと出て行った。
岡田は彼女の口の感触を思い出しながら、暗闇へと消えるその後ろ姿を見送った。

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・デリヘル娘、二度目の訪問

智恵理と身体を重ねてから、二日後のことである。
岡田は、自身の事務所で彼女を待っていた。
デリヘルサービスでもないのに依頼人の女を待つのは妙な話である。
女性の依頼者は、七割は浮気調査の依頼なのだ。
金銭的には依頼がなければ安定しないとはいえ、正直女性の依頼者を待ったことは一度もなかった。それどころか、気が変わって帰って欲しいとさえ思うことが多々ある。
だが今の岡田は、どうしようもなく智恵理を――あの風俗女を待ちわびていた。
それも、彼女の依頼は「別れさせ屋」だ。本来の探偵仕事からは、遥かにかけ離れている。
それでも彼女を待ちわびてしまっている自分の浅ましさに失笑を堪えながら、岡田は何度目ともしれぬ視線の移動を繰り返した。
午前十一時二十三分と二十六秒。
彼女は新宿に居を構えているのだろうか。それとも、もっと別の場所だろうか。
本店が新宿にあるのだから、その近くなのだろう――恐らくは。
答えの見えない逡巡を繰り返す。まるでサンタクロースを楽しみにする子どもだ。
智恵理の来訪を待ち望む自分を客観的に見つめる岡田は冷ややかだった。
ああ、そうだ、まるで子供だ。
一度抱いた女を好きになってしまうのも、デリヘルの仕事で抱いただけの女に本気になるのも、全くもって子どもだった。
それを自覚してもなお、新宿から渋谷までの時間を計算してしまう自分がいる。
池袋行きのバスから乗り継いで――到着するのは、昼過ぎだろうか。
いや、そもそも彼女が新宿在住であると決まったわけではない。岡田の想像は、全く意味のないものだ。
肩を落として息を吐く。落ち着かなければならない。岡田は、大人なのだから。
「ごめんください」
呼び鈴と同時に、あの、待ちわびた透明な声が耳に入ってくる。
素早く立ち上がると、座っていたソファのバネが鈍い音を立てた。
アパートよりも脆い、木の扉を開く。
外には、デリヘルの仕事をしていた時よりも化粧の薄い智恵理が立っていた。
心臓が途端に跳ね上がる。愚かしいことだが、彼女の口技を思い出し、股間の鉄棒もぴんと跳ね上がった。
ああ、俺はこの女に入れ込んでしまっているんだ。
そう自嘲しながら、岡田は彼女を招き入れる。岡田の部屋よりもきれいな事務所は、智恵理にとっても居心地が良いらしかった。

・デリヘル嬢の依頼――復縁

「さて、それでは早速お話を聞きますか」
「はい。よろしくお願いします」
「まぁ、かけて」
岡田は、気取ってソファを示し、彼女の向かい側に腰かける。
足を十字に組み、膝の上で五指を組み合わせ、余裕のある態度で微笑む――岡田の思う、理想の探偵の姿だった。
それが智恵理にどう映ったのかはわからないが、彼女は腰かけて、口を開く。
当然、重々しい口調だった。
「……ご依頼したいのは、復縁屋です。
私の、素人のころに出会った元旦那と、復縁したいんです。
彼は……昔から、遊び人でした。私はずっと、そんな彼を支えていたんです。
だけど、ある日のことでした。彼は突然、ニューハーフの女と不倫したんです!
ニューハーフですよ? ……わけのわからないまま離婚状を叩きつけられて……」
「それなら、家庭裁判所にでもいけばいいんじゃないかい?
そんなに簡単に離婚なんて成立しないはずだけど……」
「あいつは、私を脅していったんです。
私が何か言ったら、私が風俗やってることを実家にバラすっていうんです!
ありえないと思いませんか?
彼のために風俗に行って! 子どもだっているのに!毎日!毎日!
レズプレイとか! 母乳パイズリとか!SMとか! 気持ち悪いプレイだってしたのに!
……お客さんだってたくさん来て、フードルなんて呼ばれるようになったのに……」
話している内に怒りが頂点に達したのだろう。彼女は声を荒げながら、拳を握りしめた。
確かに彼女の元旦那はひどい男だろう。そこまで献身的な女性を捨ててニューハーフと逃避行とは、まったくもって考えられない。他人ながらも憤りすら感じる。
だが、岡田からすれば、そんな酷い男と復縁しようと考える智恵理の方こそ「ありえない」。
なぜそこまで、智恵理がその男に拘るのか、理解できなかった。
「ああ、その、智恵理さん。
僭越ながら、そんな男、別れてしまってはどうかな」
「……どうしてそんなこと言うんです?」
肩で息をしながら、智恵理が恨めし気な目線を浴びせてくる。なぜそこまで元旦那にこだわるのか、それを話す気はないらしい。岡田は溜息を吐いて、彼女の瞳を見つめ返した。
「ぼくはね、智恵理さん。あなたのことを心配して言っている。
君にとっては、二日前、たまたま会っただけの客かもしれない。
けれど、ぼくはどうにも、君を放っておけないんだ」
言ってしまってから、岡田は後悔した。これでは、風俗嬢に入れ込んだただの気色の悪い客ではないか。
続く言葉を考えて目線を泳がせていると、先に智恵理の方が口を開いた。
「本当に、私を想っているんですか」
「あ、ああ、そうとも、もちろん、君のことを思ってるさ」
「それじゃあ――」
智恵理が、突然スカートのジッパーを降ろす。
それから、ショーツを脱ぎ、岡田に向かって尻を突き出した。
「私とセックスしてください。私のこと、そんなに想っているのなら。
責任取る気があるのなら、私に種付けしてください」
下半身が熱くなるのを感じる。
智恵理は、岡田の本当にしたかったことを理解しているのだろうか。
それとも、ただセックスでしか心を把握できない、哀れな女なのだろうか。
だが今はどうでもよかった。金銭の関係ではなく、身体で繋がれることだけが、今の岡田にとっては最も大きな意義を持っていた。

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・デリヘル業務外の禁断セックス

岡田は生唾を飲みこみ、ソファに手をかけ、突き出した彼女の尻を撫でる。事務所の隣人、或いは真昼間から盛ることへの罪悪感からか、智恵理は声を押し殺し、身体を捩じらせた。
その悩ましげな身体と、そしてその態度が、岡田の心に火を点ける。
この風俗女を俺のものにする。いや、この女は俺のものだ。
沸々と湧き上がる独占欲に身を任せ、岡田は彼女のクリトリスを擦りあげた。
「ぁあっ……!」
「どうしたんだい、智恵理さん……ただの、素人マッサージじゃないか……」
声が上擦る。はやく挿入したくてたまらなかった。
だが、彼女の濡れ具合を確かめて、理性を働かせ、ぐっと我慢する。
これはあくまでもレイプではない。彼女を自分のためにするためのセックスなのだ。
しつこくクリトリスを二つの指で擦りつづけると、その、艶めかしい洞窟の奥から、透明な汁が次から次へと溢れてくる。
智恵理は声を押し殺していたものの、独特の粘性を帯びた半透明の本気汁が床に零れ落ちる様は、さながら大氾濫だった。
もうほとんど抑えが利かなくなった岡田は、鼻息を荒げながらベルトを外し、これまでにないほど勃起したペニスを取り出す。
そして、彼女の尻に熱く、雄々しい鉄棒を擦り付けた。
「さあ、智恵理さん、どうしてほしいんだい」
「……んんっ……」
後ろ目で岡田を見る智恵理。
その、丸い瞳には猥褻な笑みを浮かべた岡田と、抑えの利かない分身が、尻に押し付けられる様が映っていた。
ああ、なんと浅ましい姿だろう。
智恵理の目ごしに自分の姿を見て、冷静な自分が顔を出す。
ここで情欲に任せて彼女へと突き入れて、そして子どもが出来たとしたら?
せめてゴムはつけるべきではないか? そうでなくとも、本当にここでセックスをしていいのか?
「……挿れて……私の中に、岡田さんの熱いの、ぶち込んでぇ……っ」
岡田の思考は、智恵理の哀願によって焼き切れた。
世間体、経済的な理由、責任、その他諸々含めて、岡田の脳内は湧き上がる情動に全て支配された。
熱く、どこまでも雄々しいそれを、岡田は彼女の中に突き入れる。
ほんの少しの抵抗のあと、智恵理は容易くそれを受け入れた。
「あ……いいですよ、岡田さん……っ」
海老のように背中を折り、智恵理が嬌声をあげる。
言葉に応える余裕はなかった。智恵理の肉門は、一つ一つのヒダが岡田の肉棒を洗礼し、磨き上げ、更に奥へと誘ってくる。
一度ピストン運動をするたびに射精の兆候が下腹部に現れたが、歯を食いしばって堪え、目の前のデリヘル嬢を自分のものにすることだけを考えた。
「ああっ、岡田さんっ!」
デリヘルのサービスの際にあげた声とは違う、甘く、高い声。
耳から入って、思考を解すその声は、より岡田の身体を熱くさせる。
もう限界が近かった。肉と肉のぶつかり合う音と淫らな水音の協奏は、終局を目前に控えて、急き立てるような短い間隔となっていく。
智恵理があげる雌の声は、ともすれば近所にも轟いているかもしれない。だが今は、どうでもよかった。
岡田の奥から、マグマが込み上げてくる。全身の細胞が、この雌を孕ませろと咆哮をあげているようだった。
かろうじて堰き止められていた堤防は瞬く間に崩壊し、白濁の大瀑布が、岡田の内から放たれる。同時に智恵理も身体をよじらせ、一際高い嬌声をあげた。

・デリヘル嬢に惚れた探偵……その後

お互い服を着て、ソファに座る。
「客と依頼人」の立ち位置であるが、岡田にはかけるべき言葉がわからなかった。
「ええと、その」
「岡田さん」
「ああ、はい」
智恵理の、先ほどまで乱れ狂っていた智恵理の、真っ直ぐな瞳が岡田を見つめる。
膣の中に精液を撃ち込まれた女の瞳だとは思えなかった。
「責任、とってくれるんですね」
「……うん、まあ」
「じゃあ、別れさせ屋も、復縁屋もなしです」
浮気調査に類する依頼が減った、と喜んでいる場合ではなさそうだった。
智恵理は本気だ。そして、岡田は責任を取らなければならないようだった。
「……ああ、それじゃあ、君の家を教えてくれるかい」
「私の家ですか? 新宿です。案内しますか?」
「ああ、お願いするよ。新宿で有名な店を知っているかい?
ぼくが奢るから、そこでお昼にしようか」
智恵理が微笑んで、頷いた。まるで少女のようである。
岡田は、それほど先のことは考えないようにした。
今は、智恵理のことを全力で知ることにした。
なにしろ、岡田と智恵理はつい今までは客と依頼人の関係でしかなかったのだ。
お互いの身体の味は知っていても、彼女の趣味や、好きな食べ物、それから、新宿のどこに居を構えているのかも知らない。
誰かに話せば、不純だとか、汚らしいとか言われることは仕方がないだろう。
だが、岡田はそれでも構わなかった。
身体に惚れ、それから別の場所を愛するようになる恋愛があってもいいのではないだろうか。
もしこれまでに存在していのなら、自分たちがその先例になろうではないか。
岡田は、自らの決心に人知れず微笑んだ。
智恵理が呼んでいる。彼女はどうしようもない淫蕩かもしれないが、岡田はそれをも受け入れる気でいた。
これから、何が起きるのかはわからない。けれど、今の所、岡田に後悔は一切なかった。